東京都調査業協会

探偵コラム

第35回:「密かに」は探偵業の生命線

探偵業者が行う探偵業務は、「探偵業の業務の適正化に関する法律(以下「探偵業法」という)」(平成18年6月8日法律第60号)において定められています、その条文に探偵業者が行う情報収集の方法について


面接による聞込み、尾行、張込みその他これらに類する方法と規定されています。探偵業者はこの法律で規定された方法を基にして、夫々が創意工夫した手法や技術を駆使して情報収集を行うことになります。

探偵業務を行う上で重要なことは、探偵業務に従事する調査員が情報収集の過程において、調査の相手方にその存在が発覚しないことです。

発覚する主な原因としては次のような状況が想定されます。
調査の相手方に

 ● 聞込み先から聞込みの事実が漏れた、又は漏れ伝わった
 ● 張込みを調査の相手方又は家族に発見された
 ● 張込み場所の提供者から張込みの事実が漏れた、又は漏れ伝わった
 ● 張込みに気付いた第三者が通報した
 ● 尾行を気付かれた
 ● 尾行に気づいた第三者が通報した

調査の相手方が調査されている事実を知った場合その後の調査にかなりの支障かが発生します、探偵業務の調査に秘匿性の必要が生じるのは正にここに存在するのです


探偵業法(定義)
第2条第1項 この法律において「探偵業務」とは、他人の依頼を受けて、特定人の所在又は行動についての情報であって当該依頼に係るものを収集することを目的として面接による聞込み、尾行、張込みその他これに類する方法により実地の調査を行い、その調査の結果を当該依頼者に報告する義務をいう。


探偵業法で規定された方法による情報収集活動を実行する場合であったとしても、他の法令において禁止又は制限されている行為は出来ないと明確に示されています。

しかし、短期間に結果を要求される探偵業者にとって「面接による聞込み、尾行、張込みその他これらに類する方法」の実施は、調査の相手方の権利利益を侵害する危険性を少なからず孕んでいるのが現状です。調査員が現場において一歩間違えれば探偵業法や他の法令違反に問われ兼ねない状況下での情報収集活動を行うことになります。

特に「尾行張込み」はその危険度が高く、探偵業法違反や他の法令違反に問われるか否かの分岐点は、調査の相手方に気付かれないように如何に秘密裏に行えるかが重要なポイントになります。調査の相手方やその家族、近隣の住民等に尾行や張込みを気付かれた場合「人の生活の平穏を害する」行為と見なされ問題化へと発展することになります。


探偵業法(探偵業務の実施の原則)

第6条 探偵業者及び探偵業者の業務に従事する者(以下「探偵業者等」という。)は、探偵業務を行うに当たっては、この法律により他の法令において禁止または制限されている行為を行うことができることとなるものではないことに留意するとともに、人の生活の平穏を害する等個人の権利利益を侵害することがないようにしなければならない。


尾行張込みの現実を有り体にいえば、調査員は調査の相手方等に気付かれるか、否かギリギリのラインを見極めながら活動しているということになります。
過去に取り扱った相談を参考にした想定事例に基づいて説明します。


○浮気調査の報告書は離婚の証拠になるか
妻の浮気を理由に離婚しようと思っています。その証拠を集めるために探偵社に調査を依頼したいのですが、その報告書が浮気の証拠になるのでしょうか。また、ホテルの部屋に一緒にいるところを撮った浮気現場の写真は必要ですか。

探偵業者がこの依頼を受理した場合を想定して検討してみます。
妻の不貞(浮気)を理由に離婚しようとする場合、妻が不貞を認めない場合は、その夫は裁判で妻が不貞した事実を立証しなければなりません、 裁判における事実の立証には、直接証拠と間接証拠による立証があります。
直接証拠は、例えば、ホテルのベッドで二人が性行為に及んでいるところを、写真や目撃証人の証言によって立証する場合です。
間接証拠は、例えば、ラブホテルに二人が一緒に入ったあるいは出て来た時の写真があればその不貞を第三者的にも推認(これまでに分っている事柄などから推し量って、事実はこうであろうと認めること)することが出来ることから立証資料として活用する場合です。
しかし、シティホテルでは二人でロビーに入っただけでは足りず、二人が一緒にエレベーターに乗って客室の廊下を歩く、または客室に入った。その後ロビーに姿を現す程度までの現認(現場にいて実際の様子を確認すること)及び写真が必要になります。

事例の場合、探偵業者が直接証拠を得るためには目撃証人となるべき人物を伴い、二人が居るホテルの部屋に踏み込まなければならず、探偵業者が直接証拠を得るには大変に難しい問題があります。従って、間接証拠の収集を行うこととなります。
そこで、探偵業者は、妻の不貞行為の証拠収集を目的に、妻の外出を監視下に置く行動確認作業を行います。

妻の外出~浮気相手との合流~2人でホテル入りする状況~
2人でホテルを出る状況~その後の行動~妻の帰宅
を張込み、尾行等で逐一確認するともに、夫々の現場で写真撮影やビデオカメラでの撮影を行います。
現認したこれら一連の行動をありのままに写真等と共に報告書に纏めて依頼者に提出します、そしてこの報告書が裁判資料として利用されることになります。


○他の法令等との関係
しかし、これら一連の行動確認や写真撮影については、プライバシィーを侵害する行為ではとの疑問が生じます。
また、尾行調査は、人の行動情報を無断で収集することであり、プライバシィーの侵害行為になるとの見方もありますが、公共の場所を平穏に尾行することは許容範囲内であると解釈されています。
しかし、浮気の現場を探ろうとして調査の相手方が入ったホテルの部屋に押し入ったり、調査の相手方の住居などに忍び込んだりする方法は明らかに違法性を伴い許容の範囲外と言うことになります。


問題点の検討
これら個々の現場における探偵業者の活動を各種の法令と照合してみると、次の項目に挙げた事態に発展する危険性と常時背中合わせの状態であることが分ります。
尾行して来た調査の相手方がホテルロビーに入ったので調査員もロビーに入り、ホテルロビー内で調査の相手方を写真撮影中、調査の相手方又はホテル関係者に発見された場合を想定し、その際に発生する問題点について検討してみます。


ア 肖像権侵害について
日本においては肖像権に関することを法律で明文化したものはありません、従って刑法などによる刑事上の責任が問われることは無いと言うことになります。
しかし民事上は、人格権、財産権の侵害が民事上の一般原則に基づいて判断され、差止請求や損害賠償請求が認められた例があります。


イ 刑事上の問題について
シティホテルの利用者には、宿泊、各種会議や集会の参加、イベント参加、その他の催し物参加、飲食、買い物などの目的があり、ホテル側もこれらの来客のため広く門戸を開放しています。
このことは、ホテル側と利用者の間には、相互間に善良な目的のために利用すると言う暗黙の合意が成立しているということになります。
この様な状況下で、調査員が調査の相手方の尾行張込みや写真撮影を行うことを目的としてホテル内に立ち入ることは、ホテル側がホテル利用者に許容している利用目的の範囲外にあたり、トラブルが発生した場合は刑法上の住居を犯す罪及び探偵業法(指示及び営業停止等)に該当することになります。
また、このことは前記ホテルに限らずデパートや各種イベント会場など管理された建物や敷地内などに入った場合等全ての行動が該当することになります。

刑法(住居侵入等)第130条 正当な理由がないのに、人の住居若しくは人の看守する邸宅、建造物若しくは艦船に侵入し、又は要求を受けたにもかかわらずこれらの場所から退去しなかった者は、三年以下の懲役又は十万円以下の罰金に処する。


ウ 尾行について
尾行とは人のあとをつけていくことの意味ですが、探偵事務所の調査員が調査の相手方を尾行中相手方に尾行を気付かれ、相手方から詰問されもみ合いのトラブルとなった場合は、刑法(暴行)第208条 暴行を加えた者が人を傷害するに至らなかったときは、二年以下の懲役若しくは三十万円以下の罰金又は拘留若しくは科料に処する。
軽犯罪法 第1項第28号 他人の進路に立ちふさがって、若しくはその身辺に群がって立ち退こうとせず、又は不安若しくは迷惑を覚えさせるような仕方で他人につきまとった者等の違反行為として問疑されることとなります。


そして更にこれらの違反行為は、
探偵業法(指示)第14条 公安委員会は、探偵業者が、この法律又は探偵業務に関し他の法令の規定に違反した場合において、探偵業の業務の適正な運営が害されるおそれがあると認められるときは、当該探偵業者に対し、必要な措置を取るべきことを指示することができる。
探偵業法(営業停止)第15条 公安委員会は、探偵業者が、この法律又は探偵業務に関し他の法令の規定に違反した場合において、探偵業の業務の適正な運営が著しく害されるおそれがあると認められるとき、又は前条の規定による指示に違反したときは、当該探偵業者に対し、当該営業所における探偵業について、6月以内の期間を定めて、その全部又は一部の停止を命じることができる。
等の違反として罰則の対象となり、行政処分や懲役及び罰金等の刑が科せられることになります。


実務上の対応
広辞苑によれば、探偵とは「ひそかに他人の事情や犯罪事実などを探ること。また、それを職業とする人」と解説されています。「ひそかに」行えば人の平穏を害する事態が発生せず、又問題も発生しないことになります。
調査活動のあらゆる現場において、この「ひそかに」が出来るか否かの見極めが重要なポイントとなり、調査員の資質や技術向上で対処することになるのです。


以上は、事例の一部を紹介し探偵業務の一端と情報収集に伴う調査活動の流れとそれに関連する法令を説明したものです、探偵業者の調査活動には前述のように大きなリスクを背負う場面もあります。それだけに個々の調査員には日ごろの錬磨と、機に臨み適法にして冷静沈着な判断と対応が如何に出来るかが求められていることになります。


執筆者:(株)児玉総合情報事務所 金沢 秀昇

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